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第8話 崩壊①

last update Dernière mise à jour: 2025-06-12 17:31:39

「井上、亜澄さーん!」

 それは近所に響きわたる程の大きな声だった。

 ドドドドドッと中から音がしたかと思うと、バンッと大きな音を立てドアが乱暴に開く。

「ちょっとっ! どういうつもり? 近所迷惑でしょ!」

 亜澄はぜぇぜぇと呼吸しながら、楓の隣にいる要をキッと睨みつけてきた。

「だって! こうでもしないと出てこないでしょ!」

 これでもかと大声を出す要。

「もう、いいから、家に入りなさい」

 亜澄はこれ以上うるさくされては適わないとばかりに、そそくさと二人を家へ招き入れた。

 要はにんまりとほくそ笑む。

 作戦成功といったところだ。

 気が気でなかった楓は、ほっと胸を撫でおろした。

 家に入ると、二人はリビングへと通される。

 亜澄はソファーにドカッと座り、足を組み腕を組む。なんとも女王様のような恰好だなと要は感心した。

「で、何?」

 ギロッときつい眼差しを向けてくる亜澄。

 威圧に怯え、一歩後ろに下がっている楓の代わりに、要は亜澄を真っ直ぐに見据えた。

「もう楓さんのことを苦しめないでもらえますか?」

 その言葉を聞いた亜澄は、なんとも不思議そうな顔をした。

 しばしの沈黙のあと、腹を抱えて笑い出す。

「ふふふっ、ははははっ、何言ってるの? 私がいつ楓を苦しめたっていうの?」

 本当にまったく見当がつかないというように、亜澄は肩をすくめている。

「心当たりはないと?」

「ええ」

「少しも?」

「ええ」

 余裕の笑みを見せる亜澄の姿に、要があきれたように長いため息をついた。

「楓さんのこと、罵ったり、無視したり、時には暴力振るうこと……ありますよね?」

 亜澄は驚きを隠せない様子で楓に視線を向ける。

「楓――あんたっ」

「楓さんは何も言ってませんよ、僕の勝手な推測です。当たりました?」

 要の意地悪そうな笑みを見て、亜澄は悔しそうに唇を噛んだ。

 しかし、すぐ不適に微笑む。

「ふんっ、何が悪いの? 楓は私の娘なのよ、どうしようが私の勝手でしょっ」

 亜澄は開き直り、堂々とした振る舞いを見せる。

 胸を張り、ちっとも悪びれた様子はない。

「楓さんはあなたの所有物ではない! 一人の人間です……楓さんのことを愛してないんですか? あなたの子供でしょう?」

 要のその言葉に、亜澄の眉がぴくりと動く。

「ふんっ、子供もいないのに何がわかるっていうの?

 あなたにはわからないのよ、絶対に……ね」

 下を向いてしまった亜澄はどんな表情をしているのかわからない。

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